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「自分には無理だ」なんて思わなくていい。岩尾氏が世界記録を得た背景と、エンジニアとして自分らしく歩む方法

update : 2021.05.10
text : subaru nakazono

2019年3月14日(円周率の日)。あるニュースが世界中を驚かせました。日本人エンジニアの岩尾エマはるか氏が、クラウドプラットフォームのコンピューティングリソースを用いて、円周率を小数点以下約31兆4000億桁まで計算。世界記録を更新したのです。この偉業を達成したことで、岩尾氏はエンジニアとして世界にその名を轟かせることになります。

こういったニュースに、読者のなかには「エンジニアとして一握りの才能を持っているから、すごい仕事ができたのだろう」「自分たちとは住む世界が違う人だ」と感じる方もいるかもしれません。しかし、岩尾氏は決して初めから順風満帆なキャリアを歩んできたわけではなかったのです。

学生時代には「自分はITの道には向いていない」と考えていた岩尾氏。それにも関わらず、苦労した就職活動の末にエンジニアとしてのキャリアを歩み始めることになります。また、過去の職場ではいくつもの苦難や障壁を経験してきました。本稿ではそんな岩尾氏のキャリアを辿りながら、“自分らしい道を切り開く方法”のヒントを探っていきます。

Developer Relations Developer Advocate
岩尾エマはるか


組み込みソフトウェア開発者、Site Reliability Engineerなどを経て2015年より現職。現在はアメリカ合衆国シアトル市にて、クラウドベンダーのDeveloper Advocateとしてゲーム開発者の技術支援にあたるとともに、高性能計算を中心に開発者に対し最先端の手法の導入・活用推進に取り組む。 大学では高性能計算および分散ファイルシステムを研究し、その経験を元にクラウド環境上での高性能計算を専門にしている。2019年に円周率を31兆桁あまり計算し、世界記録を更新した。 趣味は旅行とゲーム。

エンジニアになれるとは全く考えていなかった

−まずは岩尾さんの学生時代から現在までの簡単なご経歴をお聞かせください。

大阪生まれ大阪育ちで、プログラミングを始めたのは小学5年生からでした。コンピューターに触れたきっかけは、母親が使っていたワープロ専用機が自宅にあったことです。 ワープロに触れているのが楽しくて、徐々にコンピューターにも興味を持つように。その後、両親に頼んで小学5年生のときにパソコンを買ってもらいました。その頃は、C言語の参考書を読みながらプログラムを書き写していましたね。

ですが、高校では理系ではなく文系の学科に進み、筑波大学の人間学類に進学します。人間学類は心理学や教育学、心身障害学などを学ぶ学部でした。

−なぜ理系を選ばなかったのでしょうか?

当時は、エンジニアになりたいとか、なれるだろうという気持ちがなかったんですよ。意識し始めたのは、大学に入ってしばらくしてから。 ある先生に「コンピューターが好きならば、理系の情報系に移ってみては?」とアドバイスをいただき、大学2年生から学科を移ることになりました。このアドバイスは、私のキャリアにとって本当に貴重なものだったと思います。

その後大学院までコンピューターサイエンスを専門として学び、修士で卒業してから大手電機メーカーにソフトウェアエンジニアとして就職しました。その後いくつかの会社を渡り歩き、現在はクラウドベンダーでDeveloper Advocateという仕事をしています。

−円周率の世界記録は、現職で樹立されたのですか?

はい。Developer Advocateになってから最初の3月14日に、円周率の日を祝うためのイベントが開催され、前回の世界記録の技術詳細が公開されていました。興味を持ち見てみたところ、現在のクラウドプラットフォームのスペックならばこの記録を超えられるのではないかと思ったのが、世界記録に挑戦したきっかけです。

−岩尾さんは過去に「1人の女性がエンジニアになるまで 〜yuryuの場合〜」というnoteの記事を執筆されています。高校時代のエピソードとして「プログラムはできるけれど、エンジニアの道を進めるとは考えていなかった」という主旨の文章が記載されていました。なぜ、エンジニアになれないと考えられていたのでしょうか?

周りにプログラミングを仕事にしている人がおらず、ロールモデルにできる人物がいなかったのが大きいと思います。どれくらいプログラミングの技術があれば社会で通用するのか、全くわかりませんでした。 また、高校生のときに、プログラミングの大会であるSupercomputing Contest(通称SuperCon)に出場しましたが、決勝には進むことができたものの、結果は下位の成績。世の中には同世代でこんなに優秀な人たちがいるならば、プロになるのは厳しいだろうと考えていました。

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