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「挑戦なくしてエンジニアは成長しない」激動のキャリアを歩むメルカリCTOが、自己研鑽を続けられた理由とは [前編]

update : 2020.05.15
text : subaru nakazono

「エンジニアの世界で生きていくうえでは、挑戦を続けることが必ずキャリアにとってプラスになる」

こう話してくれたのは、株式会社メルカリのCTOを務める名村卓氏。彼はこれまで激動のキャリアを歩んできました。在学中からSIerでシステム開発を始め、大学を中退して就職。サイバーエージェントに転職後はリードエンジニアとしてアメーバピグやAWA、AbemaTVなど新規サービスの立ち上げ。現職のメルカリではUS版の開発を担った後、CTOに就任しました。難易度の高いプロジェクトをいくつも経験してきた名村氏は「常に挑戦することを楽しんできた」と話します。

前後編の2回にわたり、名村氏に過去のキャリアを振り返っていただきながら、エンジニアが挑戦を続ける意義について語っていただきました。

名村 卓

小学生の頃にPC9801UXに触れ、プログラミングを学び始めた。 会津大学へ進学し、コンピューターサイエンスの基礎を学びつつSIerでシステム開発を行う。 大学を中退し、東京でSIerに就職。 2004年にサイバーエージェントへ入社。 アメーバピグ、AWA、AbemaTV などの新規事業立ち上げにリードエンジニアとして携わった。 2016年にメルカリへ入社。メルカリUSで開発に携わった後、2016年に執行役員CTOへ就任。

たとえ困難でも、努力すれば絶対になんとかなる

名村さんは大学在学中から、SIerでアルバイトをされていたそうですね。

中学生の頃からずっとエンジニアになりたいと思っていて、在学していた会津大学でもコンピューターのことを学んでいたんですよ。たまたまシステム開発ができるアルバイトを見つけたので、自分のスキルがどれくらい社会で通用するのかを知りたくて働き始めました。

その後、大学を中退して他のSIerに就職されています。思い切った決断をされましたね。

大学の長期休暇中に、ひとりで東京の客先に常駐する案件を何回か経験したんですよ。当時はアルバイトではありましたが、単身でも問題なく対応できたので、エンジニアを仕事にできるという気持ちが大きくなって。卒論で取り上げたいテーマもなかったので、このまま卒論に1年を費やすよりも仕事に時間を割いた方が自分の人生にプラスになると考えました。

そこからは、決断が早かったですね。大学を中退して、そのまま上京して住むところを探しました。まだ就職先も決まっていないのに(笑)。でも求人に応募してすぐに仕事を見つけられたのは幸いでした。就職後は、えり好みせずにひたすら目の前にある仕事を一生懸命こなしましたね。

大きな挑戦からキャリアをスタートされたのですね。その後、名村さんは2004年にサイバーエージェントに移られます。当時はアメーバブログ(現Ameba)を開始して間もない頃で、企業として激動の時代だったのでは?

猛烈な勢いで新サービスの開発が進められていましたね。僕も、毎回チャレンジの連続でした。過去に前例がないような、新規案件のサービスを担当することが多かったこともあり、技術的にも積極的に新しいものを導入していました。

通常であれば、新規のプロジェクトがスタートするときには、特定のプログラミング言語やフレームワークの開発経験があるエンジニアを集めてチームを組成します。でも、新技術の場合はそうもいかない。当時はプロジェクト開始時点から最初の1カ月くらいで必要な技術を集中的に勉強して、どのように開発を進めていくべきかプロトタイプを作りながら検証して、見通しを立ててからスタートするというスタイルでした。

ご自身のキャリアを振り返ったときに、チャレンジングな環境に身を置かれたことは、プラスになったと思いますか?

間違いなくエンジニアとしての成長につながりましたね。選り好みせずに必要な技術を適宜身につけて、なんとしてでも実現するというスキルが身につきました。どんなに大変な仕事でも、必死に努力すればなんとかなるという自信にもなります。 「プログラムをこう動かせたらいいな」というイメージを頭に描いて、試行錯誤しながら実現させる。ハードでしたが、楽しみながら仕事に取り組む日々を送っていました。朝から晩までひたすら開発していましたが、まったくつらいと思ったことはありません。もちろん、難易度の高い問題に直面したときは大変ですが、なんとかやり切ったときの達成感はひとしおですよね。毎日が挑戦でしたけれど、その経験が成長に結びついたと思います。

新しい技術の探求を怠ると、開発組織全体が停滞する

名村さんはサイバーエージェントのテックリードとして、新技術の導入をけん引していたことでも知られています。具体的にどのような技術を導入されたのでしょうか?

例えば、アメーバピグの派生サービスであるピグライフを開発したときに、スケーラビリティーの高いサーバーサイドの技術を用いたいという思いがありました。

ちょうどその頃、Node.jsが登場して間もない頃だったんですね。まだ他社の導入事例は少なかったのですが、技術検証をしてみた結果、優秀な技術だったので採用しました。また、当時は新しかったMongoDBなど非リレーショナルのデータベースも、システム要件に非常にマッチしていたので用いたりも。

それ以外にも音楽ストリーミングサービスのAWAを開発したときは、当時はまだ国内で採用実績の少なかったGoを採用したり、AbemaTVを開発したときは、大流行する前だったKubernetesを採用したり。もちろんアグレッシブな技術選定は失敗することもありますが、それも一つの学びだと思っています。

新しい技術を積極的に使おうとすると「対応できるエンジニアが社内にいない」という反発が起きることはありませんか?

当然ありますよ。でも不思議なもので、プロジェクトに参画してしばらくすると、みんな使いこなせるようになってくれるんですよね。それを契機に、周りのチームも新技術について勉強するようになり、エンジニア同士の議論も活発になっていく。結果的に、会社全体の成長に繋がるのだと思います。

エンジニアは、枯れた技術や失敗の確率が少ない技術を使おうとすれば、いくらでも守りに入れます。もちろんレガシーな技術が全て悪いわけではなく、それが最適なケースもありますけどね。でもエンジニアが新しい技術への探求をやめてしまうと、開発組織全体が停滞してしまいます。新しいものを積極的に取り入れる文化を醸成することは、テクノロジーを使って事業を展開する会社にとって非常に大切なことだと思いますね。

後編では、名村氏が株式会社メルカリ入社後に取り組んだ海外への挑戦やCTO就任、そして現在の取り組みについて伺いました。続きは会員登録をしてご覧ください。

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